800年富士山噴火

はいじめ
800年 富士山噴火
この時代は世は揺れ動いていた。
僕の親は南へと下った。
高野山の水(吉野川)・・のほとりは
「コン太」(「もんた」は子)の生誕の地である。


「コン太」の物語は空海伝説から始まる。

「ういおくやま」空海のエサやり猫として可愛がれた。

いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす


母親はさだかではない。親を空海と自分勝手に思い込んでいる。
空海は朝と夕、食べ物と水を飲み寝るのも一緒の生活であった。

親父の名は、本人は「つちぐも」だと言っていた。毎日毎日、土の塊をなめていた。
なんでも親父は四国の出で四国中を歩き回り、最後にこの山に来た。四国では山師で、土の権威者だったようだ。

土蜘蛛族であったと僕にはなした。ここの寺の名は「金剛」で「金銀の峰」に建てた寺なので金剛峰寺だと自慢していた。

大金持ちだったようだった。
「即身成仏」という「新し教団」を作っていた。僕は「つちぐも」親父といつも一緒なので「この土の水」が秘薬ではと気が付いていた。

土ぐもは、時々、都に出ては、大仏造り用に「秘薬と光る水」を大量に献上していた。親父の商売は、「丹の山師」で、丹生都比売大神からこの山を譲り受けたと尊敬していた。

吉野・熊野そして伊勢の山間も土ぐもが朝廷からいただいた。
丹生という地名や丹生神を祀る神社には、親父が見つけた秘薬と光る水を毎日献上していた。

親父は金のなるものを見つける大天才であった。天皇様お抱えの大教祖となっていた。この地を本拠に全国お秘薬と水探しに全国を行脚することにしたようだ。

親父の守護神は北極星で全国どこへ出かけてもちゃんと戻ってきた。
即身成仏希望者には本人と同じ食事と水を与え奥義の秘儀を伝授していた。

僕はいつも横にいてその様子を眺めていたが、今でも謎めいていてわからないが僕らと同じように寝てばかりいて、ゆったりした呼吸を勉強していた。

親父は何をおもったが、自閉症となり、一部屋にこもりきりで寝てばかり弟子の持ってくる食事はせず光る水だけを飲んでいた。

僕は全部ペロリと食べた。最後の別れだと言って親父は水も飲まなくなった。どうも、土なめがよくなかったようだ。僕は親父のくれる水は実は飲んでいなかった。そっと、出歩き、山の清流を飲んでいた。親父の造った水はとにかくまずかった。

僕ら猫族は一瞬で水の良しあしを見分ける。親父はなんでか?
毎日まずい水を造っては飲む不思議な人だった。しかし。親父は偉かった。四国には勉強道場道88寺の泊宿をつくり足から息を吸う修行道を作った。

どうも僕から特別な修行の仕方を勉強していたようだ。僕らはこの宇宙と一緒でいつどこからでも宙返り天地を感じて生きている。

この四国88寺巡りは、今では足の裏修行者となって大繁盛である。修験道の行場となったた峰々も金脈鉱山に、伊勢の守りにと天皇様の加護にも貢献した。

親父は偉かった。一番偉かったのは即身成仏を希望しないようにと、僕の呼吸法を勉強させたことである。

秘薬はヒ素、光る水は水銀。高野山は大鉱脈である。

空海死後ほどなく

864年、富士山噴火(青木ヶ原樹海を作った貞観大噴火)

阿蘇山噴火

869年  貞観地震 - M 8.3〜8.6(Mw >8.7)、陸奥国地大震動、地震に伴う津波の被害が甚大,岩手県沖〜福島県沖、または茨城県沖の連動型超巨大地震の可能性も指摘される。

東北地方太平洋側で繰り返し発生していると推定されるM 9クラスの地震の候補とされる。

878年 相模・武蔵地震 - M 7.4、死者多数。京都でも揺れが感じられる(『日本三代実録』

880年 出雲で地震 - M 7(『日本三代実録』)。 886年  伊豆諸島噴火。(『日本三代実録』)。

887年  京都で地震 - M 6.5(『日本三代実録』)。越後西部で津波による溺死者は1000人にのぼったとされる。

仁和地震(南海トラフ全域が震源域とする説あり) - M 8〜8.5、京都・摂津を中心に死者多数。津波あり(『日本三代実録』)。南海道沖の地震の記録だが地質調査によればほぼ同時期に東海道沖も震源域となった可能性あり。津波堆積物からM 9クラスであったとする説もある(津波堆積物は仁和地震と特定はされていない

八ヶ岳が山体崩壊を起こし。

富士噴火から100年もたたないのに

日本中は揺れ、山は崩れ、陸は海に沈んだ。

コン太一族は「東」へと高野山に来ていた大江広元に拾われて向かった

向かった先は鎌倉です。

2018年11月19日